●実は、ポグロムやホロコーストと呼ばれる、ロシアやドイツでのユダヤ人たちに対する大迫害の被害者のほとんどはアシュケナジー系ユダヤ人だった。

そのため、イギリスの「バルフォア宣言」をはじめとする三枚舌外交や、ナチスの台頭などによって、欧米にいたアシュケナジー系ユダヤ人が難民としてパレスチナに大量に流入し始めると、アラブ人社会に大きな混乱が起きてしまった。パレスチナに入植してきた白人系ユダヤ人は異民族(非セム系)であるため、アラブ人とは最初から折り合いがつかなかったのである。


●第二次世界大戦終結直後、国連に支持される形でイスラエル共和国がアラブ人の地に強引に建国され、100万人以上ものパレスチナ難民が発生したわけだが、この時の功労者のほとんどはアシュケナジー系ユダヤ人ばかりであった。しかも当時のイスラエル人口の80%がアシュケナジー系ユダヤ人によって構成されており、パレスチナの先住民から見れば、イスラエル共和国は明らかに“白人国家”であった。


●現在もイスラエル政府の要職についている人間は、ほとんどがアシュケナジー系ユダヤ人であり、イスラエル国内は支配する立場のアシュケナジー系、支配される側のスファラディ系という二重構造になっている。政治家や学者、医者などにはアシュケナジー系が多い。その反面、肉体労働者にはスファラディ系が多く、彼らのほとんどは経済的に貧しく、下積み状態(二級市民扱い)に置かれている。

ちなみに、ユダヤ教自体もアシュケナジー系とスファラディ系とに区分されており、同じ町に住んでいても異なったシナゴーグ(ユダヤ教会堂)へ足を向けることになっている。現在のアシュケナジー系のチーフ・ラビ(ユダヤ教最高指導者)はアブラハム・シャピラであり、スファラディ系のチーフ・ラビはモルデカイ・エリヤフである。

 

 
(左)イスラエル(パレスチナ地方)の地図 (右)イスラエルの国旗

 

もともとパレスチナに住んでいたユダヤ人は少数派だった。イスラエル共和国の建国運動がまだ存在していなかった19世紀半ばのパレスチナにおけるユダヤ人の人口は1万人前後だったとはじき出されている。

また、1922年のイギリス支配時代においても、66万8000人のアラブ人がパレスチナの土地の98%を所有していたのに対し、8万4000人のユダヤ人は2%の土地を所有しているに過ぎなかった。

それが1948年のイスラエル共和国建国の時になると、76万人に膨らんだユダヤ人がパレスチナ領土の75%以上を支配するようになり、135万人のアラブ人がパレスチナから追い出されてしまったのである。そして、1967年に第三次中東戦争が勃発すると、236万人のユダヤ人がパレスチナ全土を支配するようになり、パレスチナ難民は約300万人にまで膨らんだのである。


●「外国からのユダヤ人が来るまでは、お互い行ったり来たりしながら仲良く暮らしていたものです。」という言葉は、1948年以前にパレスチナに住んでいたアラブ人がよく口にする言葉である。

“外国からのユダヤ人”というのはいうまでもなく、建国後に移住して来た欧米系ユダヤ人エリート階級を指す。そのような指導者階級のもとで強引に推し進められた「植民(入植)政策」によって、カナンの時代からパレスチナに住んでいたアラブ・セム系先住民の土地が奪われていったのである。そのため“パレスチナ・アラブ人”たちの抵抗運動は死にもの狂いの“テロリズム”にならざるを得ない。


●そもそも「シオニズム」というものは、東ヨーロッパのイーディッシュ語圏のユダヤ人社会で生まれ、建国以前からイスラエルに移住して来たのも、主にこのロシア・東欧にいたアシュケナジー系ユダヤ人たちであった。アウシュヴィッツ強制収容所はドイツではなくポーランドにあった。ソ連(ロシア)によるユダヤ人迫害はナチスに劣らないものであった。

イスラエルの指導者たちのほとんどは彼らの中から出て来た。しかし、スファラディ系ユダヤ人の多くは、建国後に地中海沿岸地方やアフリカ地方から連れて来られ、現在では対アラブの楯とされ、下積み状態(二級市民扱い)に置かれたままである。



●このイスラエル社会の二重構造を初めて知る人は少なくないと思うが、否定しようのない悲しい現実である。イスラエル指導者たちはアラブ世界に激しい偏見を持つのみならず、アラブで染まったスファラディ系ユダヤ人たちを“下等民族”とみなす傾向にある。例えばイスラエルの初代首相デイビッド・ベングリオンは以下のような発言をしていた。

「モロッコから来たユダヤ人は何の教育も受けていない。彼らの習慣はアラブ的である。私が好きではないモロッコ文化がここにある。私たちはイスラエル人がアラブ的になって欲しくない。私たちは個人と社会を破壊してしまう『レバント(東地中海沿岸地方)精神』と戦い、ディアスポラ(離散)のなかで作り上げて来た本当のユダヤ的な価値を維持しなければならない。」


●イスラエル第4代首相ゴルダ・メイアは、スファラディ系ユダヤ人に対して人種差別的な傲慢さを明らかにした。

「私たちはモロッコ、リビア、エジプトその他のアラブ諸国からのユダヤ移民を抱えている。私たちはこれらのユダヤ移民たちを適切な文化レベルまで引き上げてやらなければならない。」


●イスラエル外相を務めたアバ・エバンは、スファラディ系ユダヤ人とアラブ世界に対する偏見をはっきりと言い表していた。

「私たちが自分たちの文化的状況を見るにつけ、心痛むことが一つある。それはアラブ諸国からやってきたユダヤ移民たちが、やがて優位に立ってイスラエル政府に圧力をかけることになり、隣国すなわちアラブ諸国の文化レベルにまで落としてしまわないかということである。」

 

 
(左)1996年1月29日 『朝日新聞』 (右)1996年1月30日 『読売新聞』

1996年1月末、エチオピア系ユダヤ人はエイズ・ウイルス感染の危険性が高いとして、
「イスラエル血液銀行」が同ユダヤ人の献血した血液だけを秘密裏に全面破棄していたことが発覚した。
更にイスラエル保健相が、「彼らのエイズ感染率は平均の50倍」と破棄措置を正当化した。

これに対して、エチオピア系ユダヤ人たちは、「エイズ感染の危険性は他の献血にも存在する。
我々のみ全面破棄とは人種差別ではないか!」と猛反発。怒り狂ったエチオピア系ユダヤ人
数千人は、定期閣議が行なわれていた首相府にデモをかけ、警官隊と激しく衝突した。

イスラエル国内は騒然とした。あるユダヤ人たちは言った。「この騒ぎは
かつてのアラブ人たちによるインティファーダ(蜂起)に
匹敵するほどのものであった」と。

 

●1996年1月末、エチオピア系ユダヤ人の献血事件が起きた。この事件について『読売新聞』は、「ユダヤ内部差別露呈」として次のように書いた。

「今回の事件は、歴史的、世界的に差別を受けてきたユダヤ人の国家イスラエルに内部差別が存在することを改めて浮き彫りにした。イスラエルヘの移民は1970年代に始まり、エチオピアに飢饉が起きた1984年から翌年にかけて、イスラエルが『モーセ作戦』と呼ばれる極秘空輸を実施。1991年の第二次空輸作戦と合わせ、計約6万人が移民した。

だが、他のイスラエル人は通常、エチオピア系ユダヤ人を呼ぶのに差別的な用語『ファラシャ(外国人)』を使用。エチオピア系ユダヤ人の宗教指導者ケシムは、国家主任ラビ庁から宗教的権威を認められず、子供たちは『再ユダヤ人化教育』のため宗教学校に通うことが義務づけられている。住居も粗末なトレーラーハウスに住むことが多くオフィス勤めなどホワイトカラーは少数に過ぎない。同ユダヤ人はイスラエル社会の最下層を構成している。」

「ヘブライ大学のシャルバ・ワイル教授は『とりわけ若者にとって、よい職業や住居を得ること以上に、イスラエル社会に受け入れられることが重要だ』と、怒りが爆発した動機を分析する。デモ参加者は『イスラエルは白人国家か』『アパルトヘイトをやめよ』と叫んだ。『エチオピア系ユダヤ人組織連合』のシュロモ・モラ氏は『血はシンボル。真の問題は白人・黒人の問題だ』と述べ、同系ユダヤ人の置かれている状況は『黒人差別』によるとの見方を示した。」


●『毎日新聞』は次のように書いた。

「ユダヤ人は東欧系のアシュケナジーム、スペイン系のスファラディム、北アフリカ・中東のユダヤ社会出身のオリエント・東方系に大別され、全世界のユダヤ人人口ではアシュケナジームが過半数を占めている。イスラエルではスファラディム、オリエント・東方系が多いが、少数派のアシュケナジームが政治の中枢を握っている。」

「エチオピア系ユダヤ人は、イスラエル軍内部でエチオピア系兵士の自殺や不審な死亡が多いと指摘するなど、イスラエル社会での差別に苦情を呈してきた。たまっていた不満に献血事件が火をつけた格好だ。」

 

 
イスラエル航空の旅客機で救出された
エチオピア系ユダヤ人たち(1984年)

 聖書ではソロモン王とシバの女王の関係が記されているが、
シバの女王から生まれた子孫とされるのが「エチオピア系ユダヤ人」
である。彼らは自らを「ベド・イスラエル(イスラエルの家)」と呼び、
『旧約聖書』を信奉するが、『タルムード』はない。1973年に
スファラディ系のチーフ・ラビが彼らを「ユダヤ人」と認定した。

その後、エチオピアを大飢饉が襲い、絶滅の危機に瀕した
ため、イスラエル政府は救出作戦を実施した。1984年の
「モーセ作戦」と、1991年の「ソロモン作戦」である。

イスラエルの航空会社と空軍の協力により
彼らの多くは救出され、現在イスラエル
には約6万人が移住している。

 

●1988年5月、東京で「イスラエルの占領・核・人権に関する国際シンポジウム」が開かれた。

そのとき招かれた一人のスファラディ系ユダヤ青年が、以下のようなパレスチナ騒動に関する見解を述べた。

「初代のベングリオン首相から現在のシャミル首相に至るまで、イスラエルの歴代為政者は全て東欧・ソ連からアメリカを経由してイスラエルに入植してきた人たちである。これら“欧米系ユダヤ人”は、伝統的にアラブ社会を敵視してきた。彼らはユダヤ教とアラブ社会のイスラム教は互いに相いれない宗教だと決めつけ、戦って倒すべき相手だとする見方に立っている。」

「だが、イスラエルには中東や北アフリカから帰還したユダヤ人もいる。この人たちは伝統的にアラブ社会と友好・共存共栄主義者である。イスラエル政治が欧米系ユダヤ人の手から中東・アフリカ系ユダヤ人(スファラディ系ユダヤ人)の手に移るまでは、中東に真の和平は到来しないのではなかろうか……」


●ある日、イスラエルのエルサレム中に一夜のうちに多くのポスターが貼られたのだが、そこには「アシュケナジー系ユダヤはハザールだ!」と書かれていた。明くる日の朝、政府は警察によって全てをはがしてしまった。しかしその時、イスラエル中に与えた衝撃は計り知れないものだったと言われている。

このように、イスラエル国内ではパレスチナ人差別だけでなく、白人系ユダヤ人がスファラディ系ユダヤ人を差別するという現実が横行しているわけだが、スファラディ系ユダヤ人の不満は爆発しつつあるのだ。

 


イスラエルのアシュケナジー系の政治家が、スファラディ系ユダヤ人に対して
「差別発言」をしたことを伝える記事(1997年8月3日 『朝日新聞』)

 

●ところで、一般にシオニズムを崇めるユダヤ人を「シオニスト」と呼ぶが、前回で触れたように、シオニズムには文化的なものから政治的なものまで、幅広いバリエーションがある。そこで私は、急進的かつ排他的なシオニズムを奉じる人々を、他の穏健で良心的なユダヤ人たちと区別する意味を込めて「ジオニスト」と呼ばせていただく。もっとも“シオン”は英語では“Zion”と表記されるので、この区別化は日本語でしか通用しないのだが。(発音も違う。正確には「ザイオニスト」)。


アルフレッド・リリアンソールはイスラエル建国以来、一貫して“反シオニズム”の立場に立つジャーナリストである。彼の父方の祖父はアシュケナジー系ユダヤ人で、祖母はスファラディ系ユダヤ人であった。彼はアーサー・ケストラーの本よりも2、3年も早く『イスラエルについて』という本を書き、その中でアシュケナジー系ユダヤ人のルーツ、すなわちハザール人について以下のように述べている。

「東ヨーロッパ及び西ヨーロッパのユダヤ人たちの正統な先祖は、8世紀に改宗したハザール人たちであり、このことはZionist(ジオニスト)たちのイスラエルへの執着を支える一番肝心な柱を損ねかねないため、全力を挙げて暗い秘密として隠され続けて来たのである。」

 

 
ユダヤ系アメリカ人のアルフレッド・リリアンソール。
反シオニズムの気鋭ジャーナリストであり、中東問題の
世界的権威である。(国連認定のニュースレポーターでもある)。

 

●イスラエル建国前、イギリスと裏取引したといわれる毒ガス化学者ハイム・ワイツマン博士。彼はのちにイスラエル初代大統領になった男だが、彼のことをピンチャス・エリヤフというユダヤ人は著書『聖地の戦い』という本の中で以下のように批判している。

「ユダヤ・コミュニティにおいてZionistたちは社会制度の支配権を握ろうとして多くのキャンペーンを張った。例えば第二次大戦中、エルサレムでは食料がなく、多くのユダヤ人たちが飢餓状態に置かれていた。そこへワイツマンが海外からの大量の食料援助を船に積んでやってきたのである。だからといってワイツマンは、飢餓状態にあるユダヤ人たちにそれを無条件に与えたのではない。彼らが宗教学校のカリキュラムから宗教色を除いてシオニズム化するならば、それを与えようという条件を出したのであった。当然、現地のユダヤ人たちは断固としてそれを拒んだ。そして、その結果、多くのユダヤ人たちが餓死したのである。多くの施設は非宗教化され、今日でもZionistの支配下に置かれている。」


●シオニズムについて、ジャック・バーンスタインというアシュケナジー系ユダヤ人は次のように述べている。

「実はほとんどのユダヤ人というものは無神論者である。あるいは反神の宗教ともいえるヒューマニズム(人間至上主義)に従っている。だからユダヤ人とは宗教的な人々であり、イスラエル建国は聖書預言の成就であるととらえるのは神話でしかすぎない。しかもユダヤ人が単一民族であるというのはもっと神話である。アシュケナジーとスファラディの間には完全なる区別がある。これこそ最大の証拠である。イスラエルで行なわれている人種差別は、イスラエルという国家を遅かれ早かれ自滅させてしまうことになるだろう……」


●サザン・バプテストの「新約聖書学」教授フランク・スタッグは、以下のような見解を述べている。

「今日のイスラエル国家は数ある国々の一つにすぎない。それは他のあらゆる政治国家と同様に“政治国家としての運命”を辿らなければならない。他のあらゆる政治国家のように判断されなければならない。現在のイスラエルの国や国民を“神のイスラエル”とすることは、『新約聖書』の教えにおいて致命的な誤りを犯している。」


●また、プレズビテリアンの「旧約聖書学」教授オーバイド・セラーも、このことを次のように結論づけている。

「現代のパレスチナにあるユダヤ国家は、聖書や聖書預言によって正当化されるものであるというZionistたちの主張を支持するものは、『旧約聖書』にも『新約聖書』にもないということに私とともに研究している者たち全てが同意している。更に聖書預言という“約束”は、ユダヤ人やZionistだけではなく全人類に適用されるべきものである! “勝利”“救い”という言葉は本当の聖書の意味としては宗教的・霊的なものであって、政治的な敵を征服するとか崩壊させるとかいう意味のものではない。」

「『新約聖書』を信じるキリスト教徒であるならば、もともとそこに住んでいた人々から政治的、また軍事的力によって奪い取ってつくった現代のイスラエル共和国を、キリスト教徒の信仰の神の“イスラエル”と混同させてはならない。これら2つのイスラエルというものは完全に対立しているものなのである。」


●厳格な反シオニズムで超正統派ユダヤ教徒グループ「ナトレイ・カルタ」の指導者であるラビ・モシェ・ヒルシュは、1992年に以下のような声明を発表した。ちなみに彼は自らを“パレスチナ人”と呼んでいる。アシュケナジー系ユダヤ人なのであるが、パレスチナ人と同じ心を持っているという意味なのである。

「敵であるZionistと私たちの戦いは、妥協の余地のない、まさに“神学戦争”なのである。」

「ユダヤ人たちが全世界に追放されたのは、神の意志によるのであって、彼らが神の律法を守らなかったためである。あらゆる苦難をへて、メシア(救世主)が到来するまでそれは続く。メシア到来によってのみそれが終わるのである。それゆえに、Zionistあるいはその関係機関が神を無視して世界中からユダヤ人たちに帰ってくるように強要するのは、ユダヤ人たちをいよいよ危険に陥れる“不敬の罪”を犯していることになる。」

「もしZionistが神を無視し続けるならば事は重大である。ここ、すなわちイスラエルは地上で最も危険な場所となろう。」



●ところで、ここで、念のために「Zionist(ジオニスト)」という用語の定義を再確認しておくが、「アシュケナジー系ユダヤ人=ジオニスト」ではなく、急進的で排他的なシオニズムを掲げる人間たちのことを「ジオニスト」と呼んでいるのである。アシュケナジー系でありながらも、自らの歴史に正しく直面しようと努力している人間や、シオニズム活動を“人種差別活動”として強く批判している人間はちゃんと存在しているので、誤解しないように。



●ところで、Zionistのシンパはアメリカに大勢いる。

世界中のユダヤ人の人口は約1350万人で、そのうちの約半分の580万人ものユダヤ人がアメリカに居住しているわけだが、この数は皮肉にもイスラエル共和国のユダヤ人口(460万人)を大きく上回っている。そもそもアメリカのユダヤ人たちは、1948年から1952年までのイスラエル建国にとって最も大切な時期に、わずか4000人しか移住しないという、これまた一般人には理解しがたい歴史を刻んでいる。

Zionist団体の中で最も強力に組織されているのが「アメリカ・イスラエル広報委員会(AIPAC)」という親イスラエルの圧力団体である。AIPACは「アメリカ・シオニスト評議会」を母体として1953年に創設されたものだが、政府や議会の多くの要人たちと常に連携して、アメリカの政策をイスラエルの利益と合致させるように努めている。このため、アメリカ外交全体に与える影響力は無視できないものがある。

 


「AIPAC」のシンボルマーク

 

●AIPACは“ワシントン最強のロビー”として有名であるが、議員の言動に少しでもイスラエルに批判的なところがあれば、容赦なく「反ユダヤ主義者」と決めつけ、その人物の政治生命さえ危うくしてしまう。

「反ユダヤ主義者」呼ばわりされることは、ヒトラーと同類と見なされるから、アメリカでは致命的である。


●AIPACはユダヤ人・非ユダヤ人からカンパを募り、イスラエルに送金したり、アメリカの政治家に献金したりする仕事も行なっている。ちなみに、アメリカにおいてイスラエルを援助するための献金には一切税金をかけてはならないと法律で定められているが、パレスチナ難民に献金しようものなら、たちまち税金がかけられてしまう。

また、アメリカ政府は世界最大の借金国となった今でも、アメリカ国民の税金を使ってイスラエル共和国に毎年30億ドル以上の無償援助を続けている。


●1996年初頭のアメリカ大統領予備選において、ブキャナン候補は「今、アメリカは自分の国のことで手が一杯である。アメリカ国民の税金はアメリカ人の幸せに使われるべきであり、イスラエルへの無償援助は削減すべきだ」と主張した。するとたちまち世界中の親イスラエル団体は「反ユダヤ主義者」「過激な人種差別主義者」「ヒトラーの再生!」と非難合唱した。


●ちなみに、ロシアからパレスチナに移住して来たゴルダ・メイアという女性は第4代イスラエル首相になった時、次のように言ったといわれている。

「我々ユダヤ人は、ほとんどが無神論者であることをお互いよく知っている。しかしアメリカやイギリスから多くの援助を得なければならない。ゆえに我々は信仰を持っているふりをしなければならない。」

 


白ロシアのピンスク地区出身の
ゴルダ・メイア。イスラエルの
第4代首相を務めた。

 

●さて、白人系ユダヤ人が本当のユダヤ人ではないという事実は、世界の何百万もの人間のアイデンティティそのものに関わる問題なので、多くの人は「そっとしておけばいいじゃん」と思うかもしれない。しかしZionistたちが自分たちのことを『旧約聖書』によってたつ敬虔な「選民」だとし、イスラエル建国を「聖書預言の成就」だと一方的に正当化させ、排他的かつ急進的なシオニズム活動を公然と展開し続ける限り、我々はシオニズムの土台に当たる「ユダヤ人の定義」を厳密に問いただしていく必要があろう。

繰り返すようだが、『旧約聖書』においての「ユダヤ人」とは「民族としてのユダヤ人/イスラエル民族」以外にあり得なく、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫である人々(オリエンタル・ユダヤ人)のみを指し示すことを明確に厳密に定義づけている。

よって、彼ら(イスラエル政府含む)が主張し続ける宗教的優越性に満ちた「シオニズム(Zion主義)」は、アイデンティティの源泉である『旧約聖書』を完全に無視したものになっているのである。いつまでも“ユダヤ教徒”であることと“ユダヤ人”であることとを混合して、問題のすり替え(自己正当化)をし続けることは許されないだろう。


●このユダヤ人の血統問題に触れるとき、必ず、「ユダヤ人という人種は存在しない。なぜならば、『ユダヤ人=ユダヤ教徒』なのだから。『血統』を問題にするのは全くのナンセンスだ」と強く反論する人がいる。

なるほど。しかし、「ユダヤ人=ユダヤ教徒」ならば、なおさら、パレスチナを「先祖の土地」と主張して、そこの先住民を追い払って国を作った連中は、ナチなみのトンチンカンな連中だといえよう。



●以上のようにユダヤの“内部事情”を見る限り、パレスチナ問題は、イスラエル本国にいるZionistたちに限らず、世界中(特にアメリカ)にいるZionistたちが自分たちの“真の歴史”を明らかにして(認めて)、強硬な姿勢を崩さない限り、真の和平に到達できないと見るべきであろう。虚構と欺瞞に満ちたZion主義がのさばり続ける限り、パレスチナ人の血と涙は流れ続けるのである。

くどいようだが、同じアブラハムの末裔(セム系民族)であるオリエンタル・ユダヤ人とアラブ人が殺し合わねばならない必然的な理由は、本来どこにも見当たらないはずなのである。


●一般に、パレスチナ問題というと、短絡的に「ユダヤ人vsアラブ人」という民族的対立構造が持ち出されがちであるが、現在のイスラエル共和国は真のユダヤ人国家(セム系国家)ではなく、白人国家に限りなく近い存在なので、実際は「白人vsセム系先住民族」という帝国主義的対立構造が展開され続けているといえよう。湾岸戦争にも見られたように、数百年間続く西側諸国のエゴイスティックな政治的・経済的世界戦略が現在の中東の混乱状態を作って来たといえる。

現在も、イスラエル政府は積極的な「入植政策」を行なっているが、ソ連崩壊後のロシアから80万人以上もの白人系ユダヤ人を呼び寄せたり、占領地に鉄筋コンクリートの頑丈な住宅を増築していくなど、パレスチナ問題を一層解決困難な状態に導いてしまっている。

 


ロシア系ユダヤ人の入植地(イスラエル)

 

●ところでZion主義の真相に触れようとすると、彼らは“反ユダヤ”という常套句を口にして非難するが、ユダヤ人でもないのに自らを“ユダヤ人”と偽ってセム系民族をかき乱し、セム系民族が主人公である神聖な『旧約聖書』と矛盾した行動をとり、アブラハム一族を汚し続けるZionistの指導者たちこそ、反ユダヤ主義以上に悪辣な「反セム主義者」であることを忘れてはなるまい。このまだ解決のメドのたたない「反セム主義」の世界的放置は、戦後の世界史並びにユダヤ史における大きな汚点の一つになることはまず間違いないであろう。

『新約聖書』の預言には次のような一文がある。これは高慢なZionistたちのことを指摘しているのであろうか?

「ユダヤ人だと自称しているが、実はそうでなく、かえってサタンの会衆である人たち……」
(「ヨハネの黙示録」第2章)


●ちなみに、欧米では一般に「反ユダヤ主義」のことを「anti-semitism」すなわち「反セム主義」と表記し、「反ユダヤ」と「反セム」を混同してしまっているのだが、非常に紛らわしい言葉使いであるといわざるをえない……。一説には、誤った印象を作り出すために故意に広められた表現だと言われているが、真相は不明である。ウェブスター女史によれば、この表現が実際に使われたのは、1923年に発行されたユダヤ系の新聞であるという。

 

  
(左)ヤセル・アラファトPLO議長 (右)イスラエルのネタニヤフ首相

 

●ところで、1992年8月20日付の朝日新聞夕刊は、アシュケナジー系ユダヤ人の由来まで踏み込まなかったものの、以下のような驚くべきニュースを報じている。

「6世紀から11世紀にかけてカスピ海と黒海にまたがるハザールというトルコ系の遊牧民帝国があった。9世紀ごろ支配階級がユダヤ教に改宗、ユダヤ人以外のユダヤ帝国という世界史上まれな例としてロシアや欧米では研究されて来た。 (中略) この7月、報道写真家の広河隆一氏がロシアの考古学者と共同で一週間の発掘調査をし、カスピ海の小島から首都イティルの可能性が高い防壁や古墳群を発見した……」

ボルガ川はかつて“イティル川”と呼ばれ、カスピ海は今でもアラビア語やペルシア語で“ハザールの海”と呼ばれている。この地に残る巨大帝国の遺跡群は、Zionistたちに「おまえたちの故郷はパレスチナ地方ではなく、カスピ海沿岸のステップ草原である」ということを訴えているようだが……。

 


発見されたハザール王国の首都イティルの遺跡(1992年)