●ユダヤ人作家ジョージ・ジョナスが書いた『標的は11人 ─ モサド暗殺チームの記録』(新潮社)というノンフィクション小説がある。

この本はモサド暗殺チーム隊長を務めた男(アフナー)の告白に基づく壮絶な復讐の記録である。

 

 
(左)『標的は11人 ─ モサド暗殺チームの記録』
(右)この本を書いたユダヤ人作家ジョージ・ジョナス

この本はモサド暗殺チーム隊長を務めた男の
告白に基づく壮絶な復讐の記録である

 

●この本の主人公アフナーは、本の最後のほうで、ため息混じりに、こうつぶやいている。

「しょせんイスラエルを支配しているのはガリチア人だ…」


●この「ガリチア」とは、ウクライナ北西部とポーランド南東部にまたがる地域で、カルパチア山脈一帯のことを指し、ハザール王国領に隣接していた地域である。この地域はハザール王国滅亡以降、多くのユダヤ人が住んでおり、特に東ガリチアの町ドロゴビッチは、ユダヤ教の一大中心地となっていた。

下の地図を参考にして欲しい。

 


ハザール王国とガリチア地方(黄色で塗られた場所)

 

●さて、この本の中には「ガリチア人(ガリシア人)」ついて具体的に説明されている箇所があるので、参考までに抜粋しておきたい。

※ 下の文章に出てくる「キブツ」とは、イスラエルの「共同村」のことで、
キブツの出身者はイスラエル国家を政治的にも経済的にも
社会的にも支えるエリート集団であると言われている。


「アフナーは4年間キブツですごしたが、そこで学んだことが2つあった。

1つは同じイスラエル人でも、まるで異なるイスラエル人がいるという現実を初めて知った。

キブツの主流は東欧系ユダヤ人の『ガリチア人』が占めていた。

ガリチアとはポーランド南東部からウクライナ北西部にかけての地域で、排他性、自堕落、うぬぼれ、狡猾、うそつきを特性とする下層ユダヤ人の居住地だった。

ガリチア人は反面、機敏で活力にあふれ、意志が強いことで知られる。しかもすばらしいユーモア感覚を持ち、勇敢で、祖国に献身的である。が、常につけ入る隙に目を光らせているから油断がならない。概して洗練されたものには関心がなく、平然とうそをつくし、信念よりも物質に重きを置く。おまけに地縁、血縁を軸とした派閥意識がきわめて強く、何かというとすぐに手を結びたがり、互いにかばい合う。ことごとくがガリチアの出身者ではないだろうが、しかしこれらの特性を持ち合せていさえすれば、まずガリチア人といってよかった。」


ガリチア人からすれば、アフナーのような西欧系ユダヤ人は『イッケー出』であった。イッケーとは、都会のユダヤ人街『ゲットー』や東欧のユダヤ人村『シュテトゥル』を経験したことがない、西欧社会に吸収された『同化ユダヤ人』のことである。礼儀正しく、万事に几帳面で清潔だ。書物を集め、クラシック音楽に耳を傾ける。しかも政治的には、イスラエルが北欧三国のような解放社会、独立国家になることを望んでいる。そして物不足になれば配給制を主張し、長時間の買物行列に加わることもいとわない。ガリチア人とは違って裏工作をしたり、不正な手段で物資を入手したりするのを忌みきらう。勤勉で時間、規則を重んじ、物事が組織的に運ばれることを好む。たとえばドイツ系ユダヤ人が圧倒的に多い。“イッケーの街”ナハリヤは区画整理が行き届いている。ある点で彼らはドイツ人よりはるかに“ゲルマン的”だ。」


アフナーはキブツ生活を通じて“ガリチア流”なるものを思い知らされた。東欧系ユダヤ人、とくにポーランド系ユダヤ人、ロシア系ユダヤ人なら徹底的に面倒をみる流儀であった。最高の働き口、世に出る絶好のチャンスはすべて彼らの手に渡るよう仕組まれる。キブツの主導権は彼らががっちり握っていた。たとえば誰の息子があこがれの医学校に進むかという問題になると、学業や能力は無視された。むろん、建前は民主的に運営され、総会にかけて全員が投票し、進学者を決める。ところが、常に当選するのはガリチア人の子弟にきまっていた。

アフナーはキブツばかりでなく、軍隊を経て社会人になっても、ガリチア人の優位がついて回るのを知った。

ドイツ系、オランダ系、アメリカ系ユダヤ人などの出る幕がないほどであった。オリエント系ユダヤ人にいたっては、ガリチア人の助けを借りない限り、手も足も出なかった。


以上、『標的は11人 ─ モサド暗殺チームの記録』(新潮社)より