●1995年11月4日、世界は震撼した。

イスラエルのラビン首相が暗殺されたのである。

ラビン首相といえば、1993年にPLOとの歴史的和平合意を推し進め、ノーベル平和賞を受賞した人物である。

この日、テルアビブで胸部、腹部の脾臓、背中に3発の銃弾を浴び、意識不明の状態で近くの病院に収容されたが、その日のうちに死亡したのであった。

 


1995年11月6日 『読売新聞』

 

●その犯人は、こともあろうにユダヤ青年(27歳の大学生)であった。その名をイガル・アミールといった。

彼は逮捕されたとき、警察官に向かってこう言った。

「私は神の命令によって単独で行動した。後悔はしていない」


●犯人のイガル・アミールは、イエメンから移民した父母を持つユダヤ人(スファラディ系ユダヤ人)である。また彼は宗教右派の中でも最も過激なグループの一つ「エヤル」(ユダヤ民族戦闘機関)のメンバーだったのである。

 


ラビン首相を暗殺した
極右ユダヤ青年イガル・アミール
(スファラディ系ユダヤ人)

 

●このユダヤ青年からするならば、神が与えてくれた土地をあたかも中東和平の結果、返還していくイスラエル首相ラビンは、「神への裏切り者」と映ったのであろう。

しかしこのユダヤ青年だけが特別にそう感じていたのではない。軍参謀総長として戦争を勝利に導いてきたラビンが、今度は首相としてパレスチナ人との対立終結のため、占領地をパレスチナ自治政府に移管しようとした時、右派のユダヤ人たちはラビンの行為を「ユダヤ人の土地を敵に引き渡す背教的行為」ととらえていたのである。

しかしラビンからすれば、イスラエルという国が、また中東においてユダヤ人が生き残るためには、アラブ諸国そしてパレスチナ人たちとの和平が欠くことのできないものであると考えていたのであった。



●『ニューズウィーク』誌(1995年11月22日号)は、この事件について、次のごとくレポートした。

「11月4日、イスラエル首相を暗殺したイガル・アミール(25)は、テルアビブ郊外のきちんとした家庭に育ち、ユダヤ教正統派の学校で教育を受けた。ここまでは亡き首相の孫娘と同じだ。ただし、学究肌の若者だったアミールは、宗教的にも政治的にもユダヤ教の戒律を絶対視していた。アミールを含むラビン首相暗殺事件の容疑者たちは、自分たちこそ本物のユダヤ教徒だと信じていた。

彼らの主張はイスラエル内外の正統派ユダヤ教徒を中心に、かなりの支持を得ている。ニューヨークでは先週、アミールの支援者がダビデの星をかたどったボタンを1個5ドルで売り、『真のユダヤの英雄』の弁護費用を集めていた。

イスラエル国内では、様々な形で首相暗殺の責任を問う声が上がった。ハト派はタカ派の強硬姿勢を槍玉にあげた。極右勢力は、占領地からの撤退を決め、ユダヤ人入植者を裏切ったラビンの自業自得だと主張した。」



●イギリスBBC放送で「ラビン首相暗殺後のイスラエル」が放映された。

その中で、未亡人となったラビン夫人は、暗殺事件の起きる数日前からの出来事を次のように述べている。

「事件の前の最後の金曜日でした。私が家へ帰ると、群衆が笑いながらこう叫んだのです。

『今のうちに笑っていろ。そのうち裏切り者として裁判にかけてやる。ムッソリーニと愛人のように、おまえたち夫婦を処刑してやる』と。次の日の夜、同じ場所で追悼集会が開かれることになりました。

主人は雷に打たれて死んだのではありません。人間に殺されたのです。しかもこの土地で育った人間に殺されたのです。この土地には、来る日も来る日も言葉の毒がまき散らされています。主人のことを裏切り者、殺人者と叫ぶことを繰り返しているうちに、事件の下地ができあがっていました。彼を殺すことが神の命令だと思い込む人間が、出てくるべくして出てきたのでした。」

「許せる?

いいえ、絶対に許せません。許せないと思う理由は、先ほども言ったとおり、彼らは暴力、敵意、憎悪を助長する空気を作ったのです。それが町の通りから原理主義者の社会にまで広く充満していきました。そしてある日、誰かが火をつけたときに空気が反応して、爆発が起きたのです。」



●一方、同じテレビ番組のインタビューで、犯人のイガル・アミールの妹は次のように答えていた。

「兄は頭のいい人でした。それは今も変わりません。兄は時間をかけて十分に考えた末にあの事を起こしたのです。カッとなってやってしまったとか……そういうことではなく、やらなくてはいけないと確信したからやったのだと思います。」

「ユダヤ人入植者たちは孤立していて、そこに住み続けることは危険なのです。しかし彼らはその入植地を捨てようとはしません。命をかけて守っているのです。兄のイガルは、彼らの行動に共鳴し、支援しようとする人間がいるということを示したかったのだと思います。」

「兄のイガルだけが本当に国を愛するということの意味が分かっていたのだと考えています。祖国のためなら何でもする……そういう勇気を持っていたのは、結局イガルだけだったのです。自分が何をしようとしているのか、私の兄は分かっていました。」



●暗殺事件から1ヶ月後、イスラエル警察は暗殺事件に関係する数人のラビたちを逮捕した。

ラビとは、ユダヤ教指導者のことである。1人のラビの下に、数百人ないし数千人の同調者がいると言われる。


このように中東和平を巡って、イスラエル内部は大きく揺れ動いている。

ラビン首相が暗殺される下地は十分にできていた。この暗殺事件がイスラエル社会に与えた衝撃ははかり知れず、右派と左派の対立が先鋭化したばかりか、和平プロセスにも大きな影響を与えた。

ただし、この暗殺事件でイスラエルが問われているのは、単に中東和平の是非ではない。宗教的信念を最優先する特殊な「ユダヤ教徒国家」であり続けるか、「ユダヤ民族国家」ではあっても、安全保障や平和といった一般的価値観を優先する「普通の国」を志向するのか、というユダヤ国家としてのアイデンティティへの永遠の問いかけそのものなのである。