●1982年にイスラエル軍がレバノンに侵攻すると、イランは革命防衛隊をレバノンに送り込み、シーア派レバノン人で構成された民兵組織「ヒズボラ」を結成させた。レバノンにイスラム共和国を創設し、イスラエル及び西欧諸国に対するジハード(聖戦)を実行するのがその狙いだった。

 

 
(左)レバノンの国旗 (右)1982年6月6日に「レバノン戦争」が勃発した

 

●「ヒズボラ」はベカー高原北部のバールベック周辺に拠点を構えつつ、この地域をイラン方式によるイスラム運動の中枢地帯とした。そして彼らはレバノン各地の村落に訓練施設を設け、兵員及びテロ実行班の養成を図った。

ちなみに「ヒズボラ」とはアラビア語で「ヒズブ・アラー」、すなわち「神の党」という意味である。

 


「ヒズボラ」の旗

 

●ヒズボラの精神的指導者はシャイフ・ムハンマド・フセイン・ファドラーラで、この聖職者がレバノンのシーア派社会では「ムジタヒドの長(イスラム法の最高権威者)」として行動している。

ヒズボラは1992年の総選挙に初参加し、14の議席を獲得した。現在のヒズボラの政治的指導者(党首)はハサン・ナスラーラである。彼は1980年代の初めまでは、親シリアのシーア派・民兵組織「アマル」のベカー高原担当だったが、多数の部下を引き連れてヒズボラに参加したのであった。

 


ヒズボラの党首
ハサン・ナスラーラ

 

●ヒズボラは結成当初から過激なテロ路線に走り、多くの欧米人の誘拐・処刑、それにトラック爆弾で体当たりする派手な「カミカゼ自爆攻撃」で知られている(最近では爆薬を体に巻き付けて突撃する『自殺部隊』も出現している)。

1985年2月に発表されたヒズボラの政策綱領は以下のようなものであり、イスラエル打倒のために死ぬのを最高の名誉としているのである。

「レバノン問題の解決はイスラム共和国建設以外にはない。この種の政権しかレバノン全住民の平等・正義を保証し得ない。」

「“西側帝国主義”と戦い、これをレバノンから一掃するのが重要な目標である。アメリカとフランスの施設を含めてレバノンから駆逐する。」

「対イスラエル紛争が中心課題であり、安全保障地帯をパトロールするイスラエル軍を目の敵とするだけでなく、イスラエル共和国の壊滅、イスラエルに対するイスラム支配の確立を目指す。」



●ヒズボラの戦闘力の源泉はイランから供給される武器と資金であり、レバノンを実質的に支配しているシリアの黙認もあって、政府公権力から独立した一種の治外法権をも享受している。イスラエル当局の推定では、イランの援助額は年間7000万ドル(約75億円)に相当するという。

ヒズボラは支持者とメンバーの境界が紛らわしいことや、軍事部門が秘密にされていることもあって、実際の戦闘員の数は明らかではない(だいたい1万人前後と推測されている)。


●好戦的な側面ばかり強調されがちなヒズボラであるが、貧困層以下の生活をしている約30%のレバノン市民(ほとんどがシーア派)の為に、福祉ネットワークを作っており、それ故に貧困層からの支持は厚いものがある。