欧州がアメリカから覇権を奪うためには、アメリカを没落させる必要があります。 しかし、欧州は軍事力でアメリカにかなわない。 では、どうすればいいのでしょうか?  欧州は「アメリカのアキレス腱」を攻撃することにしました。    この章では、覇権国家アメリカの弱点について解説します。                               
基本が大事   世界を知るために、アメリカの現状を語ることは避けて通れません。アメリカはなん といっても、経済的にも軍事的にも世界唯一の超大国・覇権国家なのですから。  
 これからお話することについて、前半部分は皆さん「聞いたことあるな」と思うに違い ありません。ひょっとしたら、「そんなこと知ってるよ」と飛ばしたくなるかもしれません。 しかし、基本をとことん知ることがもっとも大切です。   国際情勢の真実について、実はCIAやKGBから得た極秘情報が重要なのではあ りません。答えは全部「常識、基本」にあるのです。  しかし、普通人はその情報の読み方を知りません。実は読み方がわかると難しいこ とは何もないのです。  
貿易赤字   「なんだ双子の赤字の話か! そんなこと知っているよ」   そう、アメリカについて語られるとき、必ず出てくる双子の赤字問題。ここをサラリと かわして、次のお話をすることもできます。  しかし、ここが腑に落ちないと、世界の現状を理解することはできないのです。   まず貿易赤字から。(双子の赤字というと、普通財政赤字と経常収支(貿易収支・ 貿易外収支・移転収支)の赤字をいいますが、ここでは単純化するために、貿易赤字 の話をします。)   アメリカの貿易赤字は、1981年に280億ドルを記録した後、一貫して増え続けて いきました。  
84 年には1000億ドル、87 年には1500億ドルを突破します。その後増えたり減っ たりしながらも、アメリカはず~っと貿易赤字をつづけているのです。  今、アメリカの貿易赤字はどうなっているのでしょうか?双子の赤字が問題視されは じめたレーガン時代。それでも最大は年間1500億ドルくらいでした。 では今は? ものすごいことになっているのです。  アメリカ商務省は 06 年 2 月 10 日、2005年の貿易赤字が、7257億ドル(約 65 兆
円)(!)だったと発表しました。前年比で17.5%(!)の増加。これは、レーガン時代 最大の年の約五倍に匹敵します。 (ちなみに、07 年は7014 億ドル、08 年 6959 億ドルの赤字。09 年は経済危機によ る消費激減により 3786 億ドルまで赤字が減少しました。しかし、構造的問題はかわっ ていません。)    このように、アメリカという国は、既に30年も貿易赤字を続けている。そして、目玉 が飛び出るほどの赤字を計上している。 ここで皆さん不思議に思いませんか?   「なんでアメリカは、そんなんで存在し続けることができるのですか?」   その理由は少し後で申し上げます。   財政赤字   1963年、若くてハンサム、金持ちで人気のあったケネディー大統領が暗殺されま す。その後をついだのがジョンソン。   この人は、明らかにアメリカの力を過信していました。  1964年 1 月 8 日、年頭教書でジョンソンは、「政府は今日、この場で貧困に対する 終わりなき戦いを宣言する!」と語り、「貧困撲滅キャンペーン」を開始。   政府が貧困を人工的になくすとはどういうことでしょうか?美しい言葉でいえば、 「社会保障・社会福祉を充実させる」となります。要は、政府の支出を増やして、貧し い人々を救おうと。   さらにジョンソンは「偉大な社会」(グレートソサイアティ)を作ると宣言します。なん だか毛沢東の「大躍進!」「文化大革命!」を思い出させる誇大妄想的なネーミング。  
意味は、彼自身の言葉を借りれば、「豊かな社会、力強い社会ではなく一段上の偉 大な社会」「万人の豊かさと自由を基盤にする社会」「美しいものへの欲求と友人を持 つ願望を満たすことができる社会」等々。   
このように「貧しい人々を救う」という発想はすばらしいに違いありません。しかし、 一つ条件があります。   そう、国家の収入の範囲でなら(ここでケインズ主義者から反発があるに違いあり ませんが……)。  ジョンソンは偉大な社会を作ることだけを考えていたわけではありません。もっと、と んでもない間違いを(?)犯してしまいます。  
ベトナム戦争への介入を決めたのです。  アメリカは、1965年から北ベトナムへの空爆を開始。その後泥沼にはまっていきま した。   ベトナム介入のせいで、1965年から 68 年までに、軍事費は年平均 18%の割合で 増加していきました。一方で、税収は増えなかった。  偉大な社会とベトナム戦争。増加しつづける福祉費と軍事費。世界唯一の超大国ア メリカといえどもこれは痛い。   アメリカ財政赤字の起源はここにあります。  
建国からジョンソンが登場するまでの約180年間、アメリカの国家財政は赤字なし の方針で運営されてきました。戦争中に赤字が出ても、終わればすぐ返済を済ませて いた。  
 ジョンソンの誇大妄想的政治により1968年の赤字は250億ドルに達します。しか し、それは地獄への入口に過ぎなかったのです。  ジョンソンはその在任中に448億ドルの財政赤字を出しました。   次のニクソンは、6 年間で670億ドル。  フォードは、わずか 2 年ちょっとの在任期間中に、ニクソンの倍の1269億ドルの赤 字を出しています。  次のカーターは、4 年間で2269億ドル。  
「悪の帝国ソ連」との最終対決を決意したレーガンは、軍事費を1980年の1340 億ドルから2900億ドルに倍増させました。彼の在任中、財政赤字は 1 兆3400億ド ル。  
数字を見ていただければわかりますが、赤字は「雪ダルマ式」に増加しています。  
ブッシュ(パパ)もレーガン時代 8 年にほとんど匹敵する 1 兆400億ドルの赤字。  
クリントンは奇跡の人です。なんと 2 期目の 98 年から財政を黒字にしたのです。ア メリカの財政は以後 4 年間にわたって黒字がつづきました。  
ところが、戦争好きのブッシュ・ジュニアの登場で状況は一転。 アメリカがイラクを攻めた03 年は、3771億ドルで過去最大の赤字。04 年はこの記録 をさらに更新し4125億ドルの赤字。05 年は、またまた記録を更新し4270億ドル(約 38 兆円)。  
 「100 年に1 度の大不況」の真っただ中に大統領になったオバマさん。彼の時代にな ってアメリカは、なんと毎年 100 兆円(!)をこえる赤字を計上しています。  
このように、アメリカという国は、1964年から現在に至るまで、ニクソンの初年度と 98~01 年を除いて、45 年以上も財政赤字を続けてきているのです。  
問題は、「なんでアメリカは破産しないの?」ということ。 
  普通の貿易赤字国では  
 どうしてアメリカは破産しないのでしょうか? 基軸通貨を持たない日本が貿易赤字をず~とつづけた場合どうなるのでしょう か?  普通通貨が下がりつづけ、輸入品の値段が高騰、インフレが起こります。   例を挙げましょう。  1994年のメキシコ。   北米自由貿易協定(NAFTA)が発効したのは、94年1月。結果、メキシコは、アメリ カからの輸入が急増し貿易赤字が拡大していきます。   貿易赤字になると、赤字国の通貨が安くなる。しかし、当時のサリナス政権はメキ シコの通貨ペソが下がらないよう、介入(買いささえ)を行っていました。   
しかし、赤字が恒常的であれば、いつまでも買い支えられません。94 年 12 月 1 日 に就任したセディジョ大統領は、「これ以上ペソを維持するのは無理だ!」とあきらめ ます。   そして 94 年 12 月 20 日、ペソを 15%切り下げ。  これをきっかけに、資本が一斉に逃避し、外貨準備が底をつき、通貨危機に陥った のです。通貨危機の影響で、メキシコの国内総生産(GDP)成長率は 95 年、マイナス 6.9%。インフレ率は 52%。  
これが貿易赤字の国で普通に起こることです。 
  
ところで、メキシコはNAFTA発効後、わずか一年間の貿易赤字増加で通貨危機に 陥りました。 じゃあ、30 年も貿易赤字をつづけているアメリカは?   ドルの還流  
 アメリカはもう 30 年間も貿易赤字をつづけている。 他の国ならとっくにドルが大暴落していいはずなのにシレーと生き延びている。いった いなんなんでしょうか?  
 アメリカが貿易赤字・財政赤字をつづけていても、ドルが暴落しない理由は二つ。  
1、 ドルが還流している 2、 ドルは基軸通貨である  
 既述のようにアメリカの貿易赤字は、膨大。毎月大金が国から流出していく。 しかし、出て行ったドルがまた返ってくるようにすればいいですよね?  「そんなことできるのでしょうか?」  これはいろいろ方法があるのです。  
国の競争力を示すのが国際収支。国際収支は大きくわけると、経常収支と資本 収支にわかれる。ドルを還流させるというのは、美しい言葉で「貿易収支の赤字を資 本収支の黒字で補う」といいます。  例えば 
 ・高金利  いうまでもなくお金は低金利の国から高金利の国に流れます。  レーガンさんは、高金利政策を取り、世界から資金をかき集めました。世界から資 金をかき集めるというのは、要は「ドルを買わせる」ということです。 日本ではず~とゼロ金利がつづいていました。アメリカは金利をしばしば変えます が、5%くらいだとする。そうすると、資金は日本からアメリカにどんどん流れていく。 このお金がドルを支えていたのです。  (今回の経済危機により、アメリカも低金利政策にシフトしています。)  
・国債  貿易赤字で出ていくドルをどう還流させるかというはなしですが、財政赤字にもか らんでいるお話。  日本や中国は、-貿易黒字でどんどんドルがたまっていく。その金で米国債を買い ます。(還流)おかげで、アメリカは財政赤字があっても余裕で生きていける。  80 年代、日本の生命保険や金融機関などは、米国債を大量に購入していました。 90 年代になると今度は、郵貯・簡易保険・国民年金など公的資金が米国債を買い 始めました。  今アメリカの財政を支えているのは日本と中国です。  日本は、アメリカの天領だからしかたがありません。  中国は、貿易黒字でたまったドルを米国債にする。しかし、この国はアメリカの天 領ではありませんから、「米国債は外交カード(脅し)にもつかえるよね~」などと考 えて買っているに違いありません。  
・株  もっともいい例は、90 年代後半。 アメリカは 90 年代半ばからIT革命を宣伝しまくりました。そして、97 年にはタイ発 の、98 年にはロシアの金融危機があり、「やっぱ投資はアメリカだ」ということになっ た。  結果ニューヨーク・ダウは 95 年の3900ドルから、2000年 1 月の11900ドルま で 5 年間で300%の上昇。  世界の人がアメリカの株を買うということは、要はドルを買う、あるいはドルを還流 させるということ。  
他にもいろいろとありますが、この辺でやめておきましょう。  アメリカが莫大な貿易赤字を 25 年間もつづけていながら、存在している理由。 
一つ目は、ドルが還流するシステムをうまいこと構築しているからでした。 
  基軸通貨   
次に基軸通貨の話。 これが、どうも日本人にはわかってもらえないのです。  
普通貿易赤字国の通貨はどんどん下がっていくものですが、世界最大の貿易赤字 国アメリカのドルはなかなか下がりません。 これはドルが基軸通貨だから。  
 基軸通貨というのは、国際間の資本・貿易取引において、民間・公的部門を問わず 幅広く使用されている決済通貨のこと。  
 この基軸通貨という用語がよくないのかなと思います。わかりにくいです。 もっとわ かりやすくいえば、国際通貨・世界通貨ということ。  
 世界通貨という言葉は普通使われませんが、もっともビッタリくる用語の気がします。  
通貨の上がり下がりは商品と同じで需要と供給で決まる。 普通貿易 赤字の国では、自国通貨の需要が外貨需要よりいつも少なく、どんどん 下がっていきます。  ところが、世界通貨ドルの需要は世界中であるので、なかなか下がりにくいのです。  どういう需要があるのでしょうか?  
・アメリカと他国の貿易決済通貨として  例えばアメリカとロシア、アメリカと中国が貿易をするとき、理論的にはルーブルや 人民元で取引をしてもいいはずですね。ところがそんな話は聞きません。  ロシア企業がアメリカ製品を輸入するとき、ドルを買って支払いをする。ロシア企業 がアメリカに輸出するとき、代金をドルで受け取る。  
・他国と他国の貿易決済通貨として  例えば、日本が中東から石油を買う。アメリカはまったく関係ありません。ところが、 どういうわけか日本の会社はまずドルを買い、それで石油を買う。  例えば、ロシアと中国が貿易をしている。理論的にはルーブルか人民元で払えばい い。ところがどういうわけかドルで取引が行われている。 
(経済危機後は、「ドルはずし」「自国通貨による貿易」の動きがひろがっています。 詳細は最終章で。)  
・外貨準備として  世界の国々の中央銀行が、ドルを外貨保有している。  
・世界中の民間人がドルを保有している  これって、なかなか日本人にはわかりにくいですね。 しかし、例えば自国通貨ルーブルを信用できなかったロシア人にとってはあたり前 のことでした。  例えば、シベリアの奥地に住む 80 代のおばあちゃん。貯金はドルでタンスにが常識 だった。  なぜかというと、ルーブルの価値はインフレでどんどん減っていく。 なぜタンスかというと、ロシアでは数年に一度金融危機が起こり、銀行が大量倒産 していたから。   このようにドルは世界通貨なので、膨大な貿易赤字があっても、非常に緩やかに下 げてきました。   1971年まで1ドルは360円の固定相場。この年8月15日、ニクソンは金とドルの兌 換停止を宣言します(ニクソン・ショック)。  1973年 2 月から変動相場制に移行。80 年代の半ばまでに 1 ドル250円まで下がっ てしまいました。  それでも、しんどくなり、85 年 9 月のプラザ合意。円はこの後120円まで上がり、その 後上下しながら 95 年には 80 円まで上がっています。  このようにドルは1971年から1995年の 25 年間で、対円で約 4 分の 1 以下になっ た。  まとめると、  
・長期的には、膨大な貿易赤字により、ドルは下がりつづけている。  基軸通貨といえども、ドルを世界中にばらまきつづければ価値が下がっていく。しかし、 基軸通貨ゆえに、その下落過程は緩やかなのです。  
・中短期的には、ドル還流の効果により上下する  クリントンのようにドル還流を効果的に行えれば、資金がアメリカに集中し、ドル高にな ることもある、となります。 
基軸通貨の特権  
基軸通貨の特権について。 まず簡単にその真髄を書き、そのあとゆっくり説明していきます。  
皆さん、自営業を営んでいると想像してください。 取引先に1000万円の借金があります。 取引先が、「Aさん、早く返してくださいよ~。長年のつきあいですから、こんなことした くありませんが、どうしても返してくれない場合は、法にうったえますよ」といってきます。 Aさんは、お店を担保に銀行から1000万円借りて返済しますね。  
しかし、借金が 1 億円あったらどうでしょうか? 銀行も貸してくれませんから、破産するしかありません。 これが、日本やメキシコやロシアやアルゼンチンなど普通の国の状態です。   では、アメリカの場合はどうなのか? 取引先に 10 万ドルの借金があるとします。  取引先が、「ジョージさん、早く返してくださいよ~。長年のつきあいですから、こん なことしたくありませんが、どうしても返してくれない場合は、法にうったえますよ!」  ジョージ「OK、OK!」  ジョージさんは、四角い紙を取り出し、「100000$」と書き、取引先に渡しました。 取引先も満足して帰っていきました。   ところがジョージさんは今度、100万ドルの借金をしてしまいました。借金取りが 押し寄せます。  ジョージさんは、四角い紙を取り出し、「1000000$」と書き、借金取りに渡しま した。借金とりは満足して帰っていきました。   一言でいうと、これが、普通の国と世界通貨(基軸通貨)を持つ国の違いです。   簡単にいえば、アメリカは「世界通貨を発行する特権を持っている」。いくら借金 があっても「刷ればいい」となります。  
 私は、『ボロボロになった覇権国家』という本を出した後、「基軸通貨について日本 人は理解できない」ことがわかってきました。  それは、円が非常に安定した通貨だからでしょう。弱い通貨の発展途上国で仕事
をしていればすぐ理解できます。  それで、過去のさまざまな本を読みあさってみたのですが、書いてあるじゃないで すか。しかし、非常にサラリと。重要なことが、茶飲み話程度に書いてあります。   1990年 11 月初版発行、大前研一先生の『ボーダレス・ワールド』。この本を参 考にしながら、基軸通貨の特権について説明していきます。  
「アメリカに「対外貿易」はない。」(「ボーダレスワールド」大前研一) 
  
え!アメリカに対外貿易はないのですか?  
 「アメリカは外国から物を買うための「外貨」を稼いだためしがない。」(同前)   ああ、まったくそのとおり。全部ドルで支払いますからね。  
「外国商品の購入に使われる資金は依然としてドル建てなので、そうした取引は、 たとえばカリフォルニア産のオレンジやテキサス産のパソコンを買うのと、いささか も変わりがない。」(同前)  
 う~む、だんだん見えてきました。   「日本が外国だからといって、アメリカは日本に対して外貨(すなわち円)の交易 をしているわけではない。ここが国際決済通貨=ドルをかかえて国とそれ以外の国 との基本的な差である。アメリカには対外貿易などないのである。」(同前)  
なるほど~~。国内の取引なら、「貿易赤字だ!」などと大騒ぎしません。 
  
大前先生は、「ドル安にすれば、貿易赤字は解消する!」」と主張する愚かなアメ リカ政府に警告します。   「政策担当者は「ドルを安くすれば貿易競争力が高まる」と信じて、ドルの価値を 下げている。これでは遅かれ早かれ、ドルがアメリカの貿易相手国に決済通貨とし て受け入れられなくなる日が、必ずやってくる。」(同前)   この部分は、ドル安が進むと、ドルが基軸通貨・国際通貨・世界通貨の地位から 転がりおちることを指摘しているのです。 
 決済通貨じゃなくなるとどうなるのでしょうか?  
「これは大問題だ。そうなるとアメリカは、輸入超過分の代金支払いに外国通貨 を借りなければならなくなる。」(同上)  
つまりアメリカは普通の貿易赤字国に転落するという意味。アメリカは恒常的貿 易赤字大国ですから、こうなったらあきらかに破産します。  
「したがってドルを強くしておくことが、最もアメリカの利益になるのだ」(同前)  
 ブッシュパパもクリントンもこのことがわからず、一生懸命日本をたたき、ドル安に 誘導していました。  
 ところが 94 年 12 月、これも賢いゴールドマンサックス共同会長ルービンが財務長 官に就任。大前先生の本を読んだかのごとく、ドル高株高政策をとり、空前の好況 をつくりだしました。  
さらに先生は、ドルが基軸通貨であるかぎり、債務は問題でないという話をしてい ます。  
「この種の「債務」がアメリカの害になることはない。アメリカはブラジルとは違う。 ブラジルの場合には、国際的に通用する通貨で、対外決済を行なう必要がある。そ れができないと、どこからかドルを借りてこなければならない。それに対してアメリカ は、自国通貨のドルで決済することができる。  ブラジルにとって問題なのは、現在同国で起こっているように、自国通貨の価値 が下がれば、借りようとするドルが相対的に高くなることである。このような「債務の 悪循環」は、国際決済通貨であるドルを国内経済でも使っているアメリカの場合に は起こらない」(同前)   なんとすばらしい解説。  さらに大前先生は、アメリカが債務を抱えたまま世界の覇権国家でいつづける方 法についても提示しています。   「もっと安全な手として、債務増大は解消されないが、やはりアメリカの繁栄を確 保できる道がある。それはドルを強く、安定に保つことである。カネがアメリカに流
れ込むのは魅力的な市場だからで、「その流入が止まるのではないか」という心配 こそ、アメリカと友好諸国の関心事にならなければならない」(同前)  
 これは、既に説明したように、ドル還流システムがしっかりし、ドルが強く基軸通貨 であれば、借金をいくらしても繁栄をつづけられるということ。  
なんとなく、「基軸通貨ってすごいな~」とご理解いただけたでしょうか?いくら借 金しても大丈夫なのです。  
ダメ押しでマサチューセツ工科大学レスター・サロー教授の言葉を。  
「もしドルが基軸通貨でなくなればアメリカはこんなに巨額の貿易赤字を抱えては おれない。基軸通貨は貿易決済に使われる。他の国なら赤字分はドルを借りて支 払わなければならないがアメリカは必要なだけドル紙幣を印刷すればよかった。し かし基軸通貨でなくなればそうはいかない」  
大前先生もサロー教授も同じことをいっているのです。つまり――  
ドルが基軸通貨でなくなれば、アメリカは没落すると。  
アメリカは、事実上世界通貨の発行権を握っている。 この特権をアメリカは維持したいと思わないでしょうか? 当然思うでしょう。 大前先生がこの本を出版されたのは1990年。 ルーブルのソ連は最末期。 ドルに対抗する通貨といえば、円とドイツマルクでした。 しかし、日本はその後バブル崩壊で、暗黒の 10 年に突入。 そして、ドイツは東西統一で苦しい。 アメリカはといえば、クリントン・ゴア・ルービン・グリーンスパンなど優秀な指導者に 恵まれ、空前の好況期に突入していきました。  大前先生でなくても、「ドル体制は永遠につづく」と思ったことでしょう。  しかし、盛者必衰のことわり通り、ドル体制を脅かす存在がぼちぼちと登場してきた のでした。   アメリカを没落させる方法   
 皆さんちょっと、イメージ力を働かせてみましょう。  
あなたは、ある国の大統領でアメリカが大嫌いだとします。  もし、あなたが「アメリカを没落させてやろう!」と決意した場合、どのような方法が考 えられるでしょうか?   ただし、アメリカは超軍事大国ですから、戦争という選択肢はありません。  アメリカは世界一の貿易赤字国・財政赤字国・対外債務国である。 しかし、基軸通貨ドルのおかげで、生きのびている。  どうすればいいでしょう?  そう、そのとおりです。  
 ドルを基軸通貨でなくしてしまえばいい。   そのためにはどうすればいいのでしょう。 簡単です。  
ドルの使用量を減らせばいい。 
  
悪の反米大統領が、戦略を構築しました。  
1、目標=覇権国家アメリカを没落させること。 2、戦略=ドルを基軸通貨でなくすこと 3、戦術  ・他国との貿易にドル以外の通貨を使う。 ・外貨準備にドル以外の通貨を使う。 ・「アメリカは双子の赤字でタイタニックだ」と風説を流布する。 ・米国債を大量に購入しつづけ、後で売り浴びせる。   等々いろいろ考えられますね。   実をいうと、これは私のファンタジーではありません。実際に世界で起こっているこ となのです。詳細はぼちぼち話していきます。  
もう一つ想像力を働かしてみましょう。アメリカは借金を永遠につづけ世界最高の 生活水準を謳歌できる特権を持っている。それは、同国が世界通貨発行権をもってい
る、つまりドルが基軸通貨だからである。ドルが基軸通貨でなくなれば、他の財政赤 字・貿易赤字国同様、債務返済ができず没落は必至。  
ここで、質問です。 「アメリカは、もしドル基軸通貨体制に挑戦してくる国・勢力があった場合、その国・ 勢力と戦うでしょうか?」  これは当然戦うでしょう。  
もう一つ質問です。 「その場合、アメリカは軍事力を使ってでも、ドル体制を守るでしょうか?」  
ここで、我々平和ボケ日本人の脳はフリーズ状態になります。日本人は、「第二次 大戦後は戦争のない平和な時代になった」と幻想を抱いているので。 しかし、アメリカは第 2次大戦後、中国内戦・朝鮮戦争・ベトナム戦争・第1次アフガ ン戦争・湾岸戦争・ユーゴ空爆・第二次アフガン戦争・イラク戦争他数多くの紛争に介 入しています。これでも世界は平和になったといえるでしょうか?  頭の片隅に、次の言葉をとどめておいてください。  
「アメリカは、ドル体制に挑戦する国があれば、軍事力を使ってでもそれを阻止す る(かもしれない)」   アメリカの恐怖  
アメリカがなんとしてでも、ドル体制を守りたいのは、この体制が崩れればアメリカ は普通の国になってしまうからです。  普通の国というのは、いうまでもなく、普通の財政赤字国・普通の貿易赤字国。  そして、アメリカは普通の財政赤字・貿易赤字国同様のプロセスをたどることになる。   財政赤字によって没落する場合というのは、要するに誰もアメリカ政府に金を貸し てくれない状態になる、つまり、誰も米国債を買わなくなるということを意味します。ア メリカは当然国債の金利を引き上げるでしょう。それでも買い手がつかない状態を指 すのです。  
 例を挙げましょう。98 年 8 月にロシアで金融危機が起こりました。この直前の短期国 債金利は135%(!)でした。  その後、ロシアはどうなったか? 
ルーブルは、98 年 7 月 1 ドル 6 ルーブルから、年末までに 20 ルーブルまで下落し てしまいました。ルーブルの価値は、わずか 5 ヶ月で 3 分の 1 になったのです。  
この部分サラリと読み流さないでください。ドルの価値が 3 分の 1 になるということ は、1 ドル=30 円(!)になるということです。  
輸入品の値段は単純計算で三倍になるのですから、どれほどのインフレになるか 想像できるでしょう。  ちなみに 98 年ロシアのGDPはマイナス5%、インフレ率は 84%でした。  
貿易赤字については、先にメキシコの例を挙げました。基本的に財政赤字でも貿 易赤字でも同じような結果になります。  
つまり、通貨の下落とハイパーインフレ。  
ちなみに、現代史を振り返ると、92 年には欧州で、94 年にはメキシコ発、97 年には タイ発、98年にはロシアでそれぞれ通貨・金融危機が起こっています。しかし、世界恐 慌にはいたりませんでした。それは、ある国で金融危機が起こると、国際通貨基金(I MF)や先進国が救済するからです。  
しかし、アメリカのような超大国が危機に陥るとき、救済は可能なのでしょうか? もう一つの心配はアメリカが覇権国家であるということです。覇権国家の没落というと、 20 世紀前半のイギリスを思い出します。イギリスの没落で、基軸通貨はポンドからド ルに移行しました。その期間、二つの大戦が起こっています。  
91 年には、共産陣営の覇権国家ソ連が崩壊しました。アメリカの没落は、ソ連崩壊 以上のインパクトでしょう。  
数字を見てみます。ソ連時代、ドルとルーブルは大体 1 対 1 の割合で交換されてい ました。それが、ソ連崩壊後はどうなったか? 崩壊から 1 年後の 92 年 12 月、1 ドル=415ルーブル(!)、2 年後の 93 年 12 月、1 ドル=1247ルーブル(!!)、94 年 12 月、1 ドル=3550ルーブル(!!!)。 92 年のインフレ率は 2610%(!!!)、93 年は 940%、94 年は 320%。  
もう一度言います。ここをサラリと読み流さないでください。 皆さんが、セッセと貯金に励み、3 億円貯めたとしましょう。 
「あ~、これでもう死ぬまで安心して暮らせる。仕事ばっかりで、妻にはさびしい思 いをさせた。これからは、いつも一緒で悠々自適の生活をしよう!」 インフレ率2610%というのは、3 億円の価値が 1 年後に1153万円になる。それ が翌年にはさらに 9 分の 1 に。つまり、128万円。翌年さらに 3 分の 1 になり 42 万円 の価値しかなくなってしまった。 これはファンタジーではありません。実際にロシアで 15 年前に起こったことです。 アメリカは世界一の財政赤字・貿易赤字・対外債務国家。この国がソ連のようにな らない保証はまったくないのです。 アメリカがドル基軸通貨体制をなんとしても守りたい理由がおわかりいただけたで しょうか?   ドル体制の危機  
まえがきで触れたように、ソ連崩壊により、欧州は「再び世界の覇権を狙える時代 になった!」と喜びました。 しかし、軍事力ではアメリカにかなわない。 では、どうやってアメリカから覇権を奪うのか?  
通貨を統合することで。  
フランス大統領顧問のジャック・アタリはいいました。 
  
「通貨統合・政治の統一・東欧やトルコへの(EC)拡大。これらが実現できれば、欧 州は 21 世紀アメリカをしのぐ大国になれるだろう」   そして、1999年 1 月 1 日。欧州通貨統合がスタートしました。  
ユーロの誕生です。  
当時参加 11 カ国の人口は 2 億9000万人、国内総生産(GDP)は 6 兆3000億ド ル。アメリカは 2 億7000万人の 7 兆8000億ドル。                     ついに世界に、ドル体制を崩壊させる可能性のある通貨が登場したのです。       先ほど、アメリカは軍事力を使ってでもドル体制を守ると書きましたが、さすがに欧 州を攻撃することはできません。 
 しかし、別の国を攻撃することになります。   それがイラク。  サダム・フセインは、ユーロが誕生した翌年2000年の 9 月 24 日、「石油代金として 今後一切ドルを受け取らない」と宣言しました。では何で受け取るのか?  ユーロ。  
フセインをそそのかしたのは、ユーロを基軸通貨にしたいフランスのシラク大統領。 湾岸戦争後経済制裁下にあったイラク。 石油は国連経由でしか売れませんでした。評判の悪い独裁者フセインは、一人で 国連を動かせません。  しかしフランスが国連を動かし、フセインの要求は、2000年 10 月 30 日に受け入れ られることになります。  
 ドルでしか買えなかった石油が、ユーロでも買えるようになる。  
  もし、ドミノ現象がおき、「石油はユーロで取引」がスタンダードになった日にゃあ。 アメリカはユーロを買って、石油を買うことになる。しかし、アメリカは世界一の赤字 国家。  
そう、アメリカの没落は不可避です。  アメリカがイラクを攻撃した理由。「大量破壊兵器」もなく「アルカイダとの関係」もな かったフセインのイラク。CIAは「すいません間違えました」といい、ブッシュは「CIAの せいだ」といっています。  しかし、CIAが本当に上記二つの事実を知らなかったと信じる人が世界にいるでしょ うか?  
 ドル体制防衛が攻撃の一因と考えた方が自然です。   私はこのことについて、メルマガでも本でも一貫して書いているのですが、日本で はあまり知られていないようです。  というか、フセインの決定と戦争が結びつかないということでしょうか。  しかし、新聞に事実は載っています。 例えば 06 年 4 月 17 日付の毎日。  
「イラクの旧フセイン政権は00年 11 月に石油取引をドルからユーロに転換した。国
連の人道支援「石油と食料の交換」計画もユーロで実施された。米国は03年のイラ ク戦争後、石油取引をドルに戻した経過がある」  
本当は、ユーロをドルに戻すために攻めたのですが。  
ここまで通貨について書いてきました。このことは今後、繰り返し繰りかえし形を変 えて登場してきます。  なぜなら、世界の指導者は知っているのです。  
「アメリカを没落させるには、ドル体制を崩壊させればいい」