●CIA(中央情報局)は、第二次世界大戦後の1947年、合衆国大統領直属の一政府独立機関として創設された巨大情報組織である。

任務は言うまでもなく、アメリカ合衆国の国益、安全保障に関する一切の諜報活動。あり余る膨大な機密資金をもとに、国内・海外合わせて万を超える機関員・局員が、情報収集・謀略工作・破壊活動そのほかに従事、世界中を駆け回る。

 


1947年9月に誕生したCIA(中央情報局)

 

●CIAはトルーマン大統領によって組織された。

しかし、全く新しい組織を作ったわけではなく、第二次世界大戦中にF・ルーズベルトによって創設された戦略情報局「OSS」が母体となっている。したがって、当初の機関員・局員のほとんどは一度解散したOSSの旧メンバーで、それまでの経緯を買われて再び活躍、また同時に多くのそのために募られた新しい局員を教育指導する、といった具合であった。

 


戦略情報局「OSS」の創設者
ウィリアム・ドノヴァン

第二次世界大戦の間、アメリカの
情報活動の主体はこのOSSであり、
OSSは全世界的な規模における戦略
情報の収集・分析、および特殊活動を
担当した。スタッフの総数はおよそ
1万2000人だった。

 

●1949年に「CIA法令」が改定され、“特権”を獲得したCIAは、日一日と増強された。

そして、1953年に3代目長官として就任したOSSの生え抜きのプロフェッショナルであり「世界のマスター・スパイ」の異名を持つハーバード大学出身の法律家・弁護士出身のアレン・ダレスの時代になって、CIAは世界第一級の国家情報機関に成長した。

ちなみに、この時のアメリカ合衆国の“表”の国際外交をリードしたのはアレン・ダレスの実兄であり、同じくハーバード大学出身の優秀な弁護士として鳴らし、国務長官に就任したジョン・フォスター・ダレスであった。

 

 
(左)アレン・ダレス (右)ジョン・フォスター・ダレス

 

●推定によれば、CIA本部で常時働く局員・職員の数は1万人あまり。

そのほか各地に派遣されている現地活動家が4000人。ただしこれらはあくまでもCIAのメンバーとして登録されている者たちであって、様々な形、かかわりあいで、CIAの仕事に携わる者は10万人で、多いときには15万人にものぼると言われている。

 


CIAのシンボルマーク

 

●CIAの局員・職員は、任務によって「ホワイト・グループ」と「ブラック・グループ」の2つに分かれているという。

ホワイトの方は、本部ビルに普通のサラリーマンのように毎日通って、資料による調査や情報物の分析を主とする各種の専門知識を持ったエキスパートたちであり、ブラックの方は、職員というよりも「エージェント」の呼称がふさわしく、世界をまたにかけて飛び歩く“現場マン”であるという。

当然、この「ブラック・グループ」は、ラングレーの本部ビルにいることは少なく、各地のアメリカ大使館や公使館などにCIA局員であることを秘して勤務したり、それらの所在地に付随して設置されたCIA支局に所属して、当面与えられた任務を尽くすらしい。


●ちなみに、CIA本部の周辺には二重に張り巡らされたフェンスがあり、通常のテレビカメラと赤外線テレビカメラが設置され、目立たない見張りがパトロールしているという。

また、正面からみたCIA本部は白い近代的なガラス張りの8階建てで、周囲にはいくつも駐車場とヘリコプターの離着陸場、そして後方には格納庫があり、屋根には無線用のアンテナが縦横に張り巡らされているが、これはほんの外観にすぎなく、建物の主要部分は地下にあり、一部は核兵器の直撃にも耐えうるだけの深さにまで達しているという。